養育費不払いの深淵 第4回:Aさんの場合—「第一志望の受験票」を破り捨てた冬

事例・体験談など

第4回からは、不払いが実際に子どもの人生にどのような「傷」を残したのか、具体的な体験談を掘り下げていきます。今回ご紹介するのは、かつて看護師になることを夢見ていた、実際に寄せられた少女と母親のはなしです。

1. 模試のA判定と、通帳の残高

Aさんの娘、美咲さん(仮名)は、中学の頃から「看護師になって、お母さんを支えたい」と公言する努力家でした。高校3年生の秋、彼女が持ち帰った模試の結果は、地元の国立大学看護学部で「A判定」。夢は手の届くところまで来ていました。

一方、Aさんの手元にある通帳の残高は、入学金すら賄えないほどに目減りしていました。離婚時、元夫と交わした「月5万円」の約束。それは、美咲さんが中学に上がる頃から「仕事が減った」「再婚して支出が増えた」という一方的な理由で滞り、最後には音信不通となっていました。

2. 「私、大学に行かないことにした」

Aさんは必死で深夜のアルバイトを増やし、頭を下げて親戚に借金を申し込もうとしていました。しかし、母親の疲弊しきった姿、夜中に電卓を叩く指の震えを、美咲さんはすべて見ていたのです。

ある冬の夜、願書提出の締め切りを前に、美咲さんは静かに言いました。 「お母さん、私、やっぱり大学に行くのやめる。地元の工場に就職が決まりそうなんだ。あそこなら初任給もいいし、すぐにお金入れられるから」

Aさんは泣いて止めましたが、美咲さんは笑って「私には向いてないと思ったんだ」と嘘をつきました。その翌日、Aさんはゴミ箱に捨てられた、書きかけの願書と「破られた受験票」を見つけました。

3. 奪われたのは「資格」だけではない

美咲さんは現在、交代制の工場勤務で家計を支えています。仕事に不満はないと言いますが、同級生たちが看護師として働き始めたニュースを聞くたび、彼女の表情から光が消えるのを、Aさんは見逃せません。

「あの時、元夫の『払えない』という言葉を鵜呑みにせず、すぐに差し押さえの手続きをしていれば。私の『遠慮』や『諦め』が、娘の未来を摘んでしまった……」

Aさんの後悔は、今も消えることはありません。不払いは、一度きりの「青春」と、一生を支えるはずだった「資格」の両方を、彼女たちから奪い去ったのです。


コラムのツボ:子どもの「優しさ」に甘えてはいけない

体験談に登場する子どもたちの多くは、親を気遣い、自分から夢を諦める選択をします。しかし、それは「納得」ではなく「妥協」です。

親が「相手と関わるのが嫌だから」と回収を後回しにすることは、子どものその「優しさ」につけ込んでいることと同義かもしれません。美咲さんのような悲劇を繰り返さないために、私たちができるのは、子どもの夢を「お金」という現実で壊させないための、冷徹なまでの法的防衛なのです。